ご報告

先日5月15日から有明で行われていた関東オープンを最後に、テニス選手を引退致しました。
14年間、テニスを通じて多くの事を学び経験し、そしてたくさんの方々に応援して頂きました。
生まれ故郷である長野でスポンジボールからテニスを始め、冬は吹雪の中夜遅くまで練習をし、全国大会に出場できるまでに育てて下さった庭山裕コーチ。そこでの土台が無ければ今の私はいなかったと思います。

プロになる為に柏に移り住み、中学2年生から現在までずっと応援し続けて下さった、吉田記念テニス研修センター様。吉田理事長をはじめ、吉田AGM、岩見コーチ、森コーチ、吉部さん、宇治野さん。

そして関東に来て全く結果が出せなかった私を全国タイトルを獲得するまでに育てて下さった丸山コーチ。
今は天国にいる安見さん。安見さんに優勝報告をする為に、高校最後の年の全日本はどんなに苦しい状況でも頑張る事ができました。

ドイツにも長く行かせて頂き、国を越えてたくさんの友人と出会うことができました。

選手活動を思い切りできたのは所属会社である広島建設様をはじめ、ホンダカーズしなの様、K’s Project 様がいて下さったからこそです。
なかなか良いご報告ができなかったにも関わらずいつも温かく見守って下さった広島建設様の島田社長はじめ、社員の皆さんにはどんな言葉をもっても私の気持ちは言い表せません。

そしてジュニアの頃から用具の提供をして下さったWilson様、トアルソン様、いつも充分すぎる程のサポートをして頂き、選手として何不自由なく活動することができました。

一番傍で、どんなに苦しい時でも私を信じ続けてくれた父、母、そして今もテニスをやり続けている妹のもも花、なかなか会うことはできませんが長野から応援してくれている祖母、いとこ。

全ての方の名前はあげられませんが、私に関わって下さった多くの方々に心から感謝申し上げます。

この決断に至った一番の原因はイップス(精神的な運動障害)でした。

高校2年生から悩んではいましたが、この1年は特に苦しく、精神的にキツいものでした。
どんなに練習をしても、練習で良くても試合でラケットを振る事が恐怖でしかなく、その恐怖が身体に染み付いてしまいました。

この数年、とにかくテニス自体を楽しもうと試合への考え方を変えてみたり、メンタルトレーナーの方や、スポーツ心理学の先生にアドバイスを頂いたり、できる事は全てやってきました。
それでも一向に改善の気配は見られず、終いには練習でさえも振れなくなる事が増えてきました。
精神状況関係なく、身体が思うように動いてくれず、何のために毎日練習やトレーニングをしているのか、分からなくなる時もありました。
試合期間中はとにかく不安で、モチベーションも徐々に失われてしまい、何をどうすればいいのか、自分でも方向を見失いました。

どうにか皆さんに良いご報告がしたいと戦ってきましたが、この状況でこれからもテニスを続けていくことはあまりにも辛く、そして自分の力を発揮できないのに試合をまわることに申し訳ないという気持ちがありました。
応援して下さった方々に恩返しができず悔しい気持ちはありますが、できる事は全てトライしたので、悔いはありません。

6月から新たなスタートを切りますが、少しずつ恩返しができるように頑張っていきます。

本当に本当に、幸せなテニス人生でした。
テニスで出会った多くの方々とこれからも繋がっていけたらと思います。
きっとこれからも違う立場でお会いする事があるかもしれません。

最後にもう一度。

離れ離れになりながらも応援し、信じ続けてくれた父。

強くなりたいと言った私を、柏で一人で支えてくれた母。

喧嘩しながらも私の話を一番に聞いてくれて頼ってくれたもも花。

本当にありがとう。

そして重ね重ねではありますが、私を応援して下さった全ての方々へ、

ありがとうございました。


最後のダブルスはもも花と。


広島建設様の島田社長と。

ウィルソン様にて。

トアルソン様にて福永さんと。

吉田理事長と岩見コーチと。

丸山コーチと森コーチと。

吉部さんと村松千裕ちゃんと。

庭山コーチと。

千村 夏実

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